あたまのなか / このごろ
(スーヨーきゅうり。漬物にすると歯ごたえが全然いつものきゅうりと違って美味しい。)
今日で岡山も梅雨入り。
季節の移り変わりというのは本当に早い。
いつもこの時期は一年が半分も過ぎようとしていることに驚く。
ここ最近の頭の中を文字に残しておく。
(赤ピーマン。ビタミンC含有量が野菜の中でトップ。)
2週間前ぐらいだろうか。
仕事で思いがけないことがあって前までのぼくだったらきっと落ち込んでたと思うのだけれど、
たまたまそのころツイッターで目にした言葉に明らかに救われた。
その言葉っていうのが
“ Sometimes your plans don’t work out because God has better ones. ”
(ときどきあなたの計画はうまくいかない。だけどそれは神様がもっといい道を与えてくれているっていうこと)
というもの。
この言葉を見たとき、はっとした。
あぁそうなんだと妙に納得した。悟ったといってもいいくらい。
人生なんて思い描いたとおりにはうまくいきやしない。
ぼくはNZにいるときそれを身をもって体験した。
がんばってるのになんでこんなことになっちゃうんだろう、と思った。
でもそれは神様が「まだおまえは日本ですることがあるだろう。」って言ってくれてたんだと
この言葉からそんな風に解釈することができた。
ある意味ポジティブすぎるような考え方なんだけど、
この考えを持っていると自分にとって不幸だと思えることに遭っても最近はへっちゃらになった。
「おっ、じゃあこうやって乗り越えてやるか!」みたいな。
実際、日本に帰ってきて学ぶことがたくさんあった。
今は本当に帰ってきて良かったと思っている。
言葉ひとつでこんなにも強くなれるものなのかと感動した。
だからたとえば恋人を失った人とか、仕事がうまくいかない人とか、
そんな人たちにこの言葉を思い出して欲しい。
うまくいかないときこそ、本当に学ぶべきものを学べる機会だと思うから。
(皮を剥いたびわ。宝石みたいに美しかった。)
最近は、仕事の合間や夜に野菜ソムリエ(といっても3階級ある中の一番下のクラス)の勉強をしている。
去年の12月くらいにDVDで学べる教材を頼んだものの、
言い訳ながらなかなか仕事が忙しく手を付けることができなかったので、
「ここらへんでちゃんとしなきゃ!」と思い同僚のおばちゃん(?)に「勉強する宣言」をした甲斐もあり、
ちゃんと勉強することができている。
学ぶことは非常に楽しいということを再確認する良い機会になっている。
もちろん今までまがいなりにも野菜と果物のお仕事をさせていただいているので
知っている内容もけっこうあるのだけれど、それでも知らないことに出合う楽しさというのはかけがえのないものだと思う。興味のある内容であれば尚更。
試験を受ける日もようやく決めた。
締め切りというものがあると、やっぱり助かる。勉強が捗るから。
ボーダーラインを引くのはうまく生きるコツだなぁと思った。
(レモントマト。酸味がレモンそのものでびっくりした。)
ここ数年、ぼくは読書に傾倒しすぎていたので、人間的な活動(?)が疎かになっているように最近よく感じる。
たとえば僕にとってだけど
・ゲイの人が集まるところに行く
・友人とご飯を食べる
・もっと一日の間に笑う
とかそんな普通のこと。(人と触れ合うっていうことか。書いてて気付いた笑)
そこを怠っていると人間的魅力がどんどん失われるような気がしている。
もちろんそんな今までの自分に後悔こそないんだけれど(ぼくはそういうさなぎのように何かを蓄える期間があってもいいと思う。良くいれば「何かを得るには何かを犠牲にしないといけない」みたいな。)
でももうちょっとバランスよく生きることができたらなぁと思う。
不器用さは売りにも出来ないし、それは自分の意志で変えられることだから、もうちょっと人との触れ合いを大事にしないと
孤独を抱えたまま生きるのもしんどいぞ、と自分に訴える。
自分の頭の中も大切だけど、それと同じくらい周りの人を大切にしないと、
それは人間としてダメなんだろうなぁ。
反省、と、行動!
(わらび。母にわらびご飯にしてもらった。日本の味。)
このごろは、思い通りにはいかないから生きる価値があるのかとも思う。
つまづいたらちょっと休めばいい。それから立ち上がって歩いていけばいい。
道は消えやしないから。
誰かに賛同されなくても、ずるい生き方だって言われても、人と違ったって、
今のぼくはぼくをちゃんと信じることができているから、
誰に何を言われても何も怖いものがなくなってきたところがある。
短い人生だから、残りも後悔のないように生きたいと思う。
ご飯じゃないけど、そうしてたらデザートみたいな嬉しいものが待ってる気がするから。
がんばるー。
ではまた。